デジタル技術を活用して新しい事業を生み出す「DX」においては、初期段階で要件を正確に固めるウォータフォール的なアプローチだけではなく、細かいPDCAサイクルを回しながら開発を進めるアジャイル的なアプローチも重要です。しかし、アジャイル開発にもさまざまな手法があり、従来の開発手法に慣れている企業や担当者にとっては戸惑うことも少なくありません。
そこで今回の記事では、DXに向けてアジャイル開発を行う場合の代表的な手法である「PoC」および「MVP開発」について詳しく解説します。社内でDXを推進する立場にある方は、ぜひ参考にしてみてください。
目次
一般的なPoCの定義と事例
はじめに、PoCとはどのような概念・手法なのか、その目的や特徴を含めて紹介するとともに、どのような現場でPoCが活用されているのか、一般的な事例についても解説します。
PoCとは
PoCは「Proof of Concept」の略称で、日本語では「概念実証」とよばれます。
概念実証という言葉はあまり聞き慣れないため、難しく感じる方も多いことでしょう。より分かりやすく表現すると、「アイデアが実現できるか否かを確認するための検証やデモンストレーション」のことを意味します。
たとえば、新しい概念や理論、アイデアを用いて何らかの課題を解決したいと考えた場合、本当にその方法・手法で解決できるのかは運用や実験をしてみなければわかりません。また、実際に運用してみると想定外の問題が発生することもあるでしょう。そこで、まずは机上でのシミュレーションや検証、および実験などを行い、方向性やコンセプトが妥当なものかを技術的な観点から確認し、実現性があるかを検討することがPoCとよばれるプロセスです。
PoCの定義として重要なのは、新たな概念やアイデアの実現性を検証しコンセプトを定めるということです。もし、課題を解決するための方法や手法が技術的にすでに確立されており、一定の効果が見込める場合にはPoCを行う必要はないことも意味します。
ちなみに、PoCと似た概念として「プロトタイピング」も存在します。プロトタイピングとは試作品(プロトタイプ)を作る工程であり、この段階においてはコンセプトや方向性が確定していることが前提となります。そのため、PoCはプロトタイピングの前の段階で行うこととなります。PoCとプロトタイピングは混同されることが多いため、両者の違いは正しく把握しておきましょう。
PoCの一般的な事例
PoCはさまざまな業界で活用されていますが、具体的にどのような事例があるのでしょうか。代表的なものを3つ紹介します。
製造プロセスの確立
工業製品や食品、素材など、あらゆる製品を量産化するためには、効率的な製造プロセスを検討し運用する必要があります。しかし、同じ製品を製造する場合でもプロセスや手法はさまざまで、採用する手法によっては企業の収益や利益率も変わってきます。
そこで、考えられる複数の製造工程をシミュレーションし、どの方法が効果的であるかを分析するためにPoCが用いられます。
新薬の研究開発
新薬の開発にあたっては、一定の安全性が見込まれた後で動物や人への試験的な投与を行い、効果が認められた場合に本格的な量産体制へ入ることとなります。投与を行う前段階では、認められる効果や有用性について予測を立てますが、実際に試験的な投薬によって効果が認められた場合、PoCを取得したことになります。
システム開発
業務に使用する基幹システムやアプリケーションなどは、企業によっても運用方法が異なることから、各企業の方針に合わせて個別開発が行われます。しかし、同じような用途や目的のシステムであっても、他社と同様のコンセプトが有効とは限りません。そこで、企業ごとに仮説を立て、期待される効果を予測し検証を行います。
特にIT分野においては、現在AIやIoTといった先進的なテクノロジーを活用する企業が増えており、導入前の段階でどの程度の効果が見込めるのかを予測し、システム導入の判断材料にするためにもPoCは大いに注目されています。
一般的なMVPの定義と事例
次に、MVPの概念や目的、特徴を紹介するとともに、一般的な事例も含めて解説します。
MVP(Minimum Viable Product)とは
MVPは「Minimum Viable Product」の略称で、日本語では「必要最小限の製品」とよばれます。
その名の通り、顧客に価値を提供できるコア機能を備えた最小限のプロダクトとして提供することで、顧客はどのような課題を解決できるのかがイメージしやすくなります。たとえば、社内で「この製品やサービスは顧客に対して高い価値を提供できるに違いない」と考えていても、実際にそれを商品化して市場へリリースしたとき、思うような反応が得られない場合も少なくありません。
そこで、MVPを作って顧客の反応を伺うことによって、製品やサービスの改善すべきポイントを把握できます。プロダクトを開発し市場へリリースできるようにするまでにはコストと手間がかかるため、正式版としてリリースする前にMVPを作ることは経営効率の面から考えても大きなメリットがあります。
MVPはプロトタイピングの一種として見なされることも多く、顧客に対して製品やサービスの価値を体験してもらうという意味では共通しています。しかし、プロトタイピングは、完成した製品をユーザーがどのように利用できるかをイメージさせ、可視化させることを目標としています。これに対し、MVPは、ユーザーや投資家からの注目を集めたり、フィードバックを得て改善に役立てたりすることを目標としているという違いがあります。
なお、製品やサービス開発の一連のプロセスにおいては、PoCによってコンセプトを設計した後、プロトタイプを作成し、MVPによってユーザーの反応を見ながらフィードバックを改善に役立て、製品化につなげていくことになります。
MVPの一般的な事例
MVPにはいくつかの手法がありますが、一般的な事例を挙げながら解説しましょう。
プロトタイプ
MVPの前段階として開発したプロトタイプを、そのままMVPとして利用する方法です。たとえば、「Twitter」はもともと社内のコミュニケーションツールとして試験的に開発されたものですが、社内からのフィードバックを経て改善を繰り返し、2006年から一般ユーザー向けとしてリリースされました。
コンシェルジュ
マンパワーによって顧客ニーズを検証し改善に取り組む方法がコンシェルジュです。代表的な事例としては民泊仲介サービスを展開する「Airbnb」があり、宿泊施設内の様子をプロの写真家が撮影。その写真データを活用したことで顧客からの大きな反響を得ることに成功しています。
オズの魔法使い
WebサイトやシステムなどのMVPを作る際に、ページの遷移やシステムの動きを手動で操作し、顧客からの反応を確かめる方法です。Webサイトやシステム構築にかかる工数を極限まで削減でき、リスクを軽減します。グルメ情報サイトの「食べログ」は、サービス立ち上げの前に手動でデータベースを構築していたことでも知られています。
スモークテスト
プロダクトの概要をまとめた短時間の動画などを作成し、顧客に対して価値をアピールする方法がスモークテストです。明確なアイデアはあるものの、まだ形にできていない場合などに有効な方法といえるでしょう。スモークテストを実施した事例として有名なのが、クラウドストレージサービスの「Dropbox」です。
DXにおいてPoCやMVP開発が重要な理由
多くの企業においてDXの重要性が認識されているにもかかわらず、思うように進まず苦戦しているケースも少なくありません。DXを着実に進めていくためには、PoCやMVP開発が重要であると考えられているのですが、それはなぜなのでしょうか。
DXに不可欠なPDCA
経済産業省では、DXのことを以下のように定義しています。
“企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること”
DXは単なる業務効率化や自動化だけではなく、業務や組織、プロセスはもちろんのこと、企業文化や風土までも変革することを目指すものです。そのため、DXは一朝一夕で実現できるものではなく、長期的な視点に立って課題の抽出と改善を繰り返していく必要があります。
また、ある一定の時点では課題が解決できたとしても、時代の流れや顧客ニーズの変化によって新たな課題が生まれてくることもあるでしょう。そのため、DXには明確なゴールはなく、つねにPDCAサイクルを回しながら改善を繰り返し、顧客が求める革新的な製品やサービスを開発していくことが本質であるともいえます。
DX時代のPDCAとは何か?
企業がDXを推進するにあたってPDCAサイクルは極めて重要ですが、具体的にどのようなプロセスを経て進めていくのでしょうか。また、そのうえでPoCやMVPが重要である理由についても解説します。
製品やサービスのコンセプトの設計
まず、DXにおいてもっとも重要なのは、顧客に対して新たな価値を創造し提供することです。そのためには、顧客を中心に据えて製品やサービスのコンセプトを設計することが求められます。革新的な技術や概念、アイデアがあったとしても、顧客にとってニーズのないものは市場で受け入れられず、ビジネスとして成立しません。技術やアイデアをいかに顧客ニーズとマッチさせ、これまでにない価値を提供できるかがDXの実現に向けての第一歩といえるでしょう。
仮説検証
設計したコンセプトに合わせ、実用最小限の機能を備えた製品やサービスを作り、顧客の反応を調査します。この段階で顧客から大きな反響を得られることもあれば、反対に不満が寄せられることもあるでしょう。仮説検証の段階で重要なのは、寄せられた不満に対し、迅速に機能の拡充や改善を図り、顧客ニーズに沿った仕様へフィットさせていくことです。
顧客からの意見を反映する段階においては、軽微な修正や機能の追加で済むものもあれば、コンセプトの設計段階から見直しが必要なものもあるでしょう。そのため、コンセプトの設計から仮説検証を一連のPDCAサイクルとして回しながら、製品やサービスの完成に向けて洗練させていきます。
上記で紹介したPDCAサイクルのうち、コンセプトの設計はPoC、仮説検証はMVPにあたります。細かい検証を行いながら製品やサービスの方向性を定めるためにも、PoCやMVPは欠かせないアプローチ方法といえるでしょう。
Sun*が行うPoCおよびMVP開発
弊社では、さまざまな業種におけるDXを支援するため、複数の企業様と新規事業やプロダクトの開発を手掛けています。これまで世の中に存在していなかった革新的な製品やプロダクトを市場へ投入し、事業を成功させるためにはPoCやMVPといったアプローチが重要です。これまで弊社が手掛けてきた事業について、今回は2つの事例を紹介します。
配車業務のDX化支援(MeeTruck株式会社)
MeeTruck株式会社は、運送会社向けの配車支援サービスを提供するためソフトバンクと日本通運によって設立された合弁会社です。従来、物流会社における配車はFAXなどによる紙ベースでの運用がされており、配車担当者の業務負荷が大きいという問題を抱えていました。そこで、まずは配車業務をペーパーレス化し、Webアプリケーションで完結する仕組みを構想。プロジェクトへ参画した当初の段階では、弊社は主にUI/UXデザインの支援を行う役割を担っていました。
これまで紙ベースの運用が中心であった物流会社の担当者にとって、システムのインターフェースとなるUI/UXは業務効率や生産性を左右する重要なポイントです。そこで、どのようなコンセプトの下でUI/UXを設計すべきかを検討するため、ディレクターやデザイナー、エンジニアが配車業務を行っている現場へ足を運び、担当者が感じている課題や意見などをヒアリング。エンドユーザーである配車担当者にとって使いやすいシステムを構築するために、PoCによって提供価値を抽出しながら、MVPやプロトタイプも繰り返し作成しました。
そのような中で、紙ベースでの運用からWebアプリケーションへの移行をスムーズに進めるために、「直感的に使いやすいよう、できるだけシンプルにすること」を最重要コンセプトとして策定。完成したMVPを配車の現場で数週間程度運用いただき、そこから得たエンドユーザーからのフィードバックをもとに、1か月間でUI/UXや機能へ反映させました。
開発のスタートからサービスインまでおよそ半年間という短納期の案件でしたが、無事に完了し、サービスイン後のプロダクト運営体制の構築までフォローアップさせていただきました。
詳しくはこちらのページでもご紹介しています。
デジタル入場券の実証実験(上野文化の杜新構想実行委員会・LINE Pay株式会社)
上野文化の杜新構想実行委員会では、上野公園内の美術館や博物館をはじめとした文化施設を中心に文化芸術の街づくりを推進しています。
従来、上野公園周辺の文化施設では、紙ベースのパスポート型共通入場券「UENO WELCOME PASSPORT」を発行・運用していましたが、入場券をデジタル化し観光分野でのDXを推進するためにLINEアプリと連携して「TOKYO-UENO WONDERER PASS」としてリニューアルを構想。実証実験を進めるにあたって、弊社では要件定義の段階からサポートさせていただき、PoCによってコンセプトの策定を行いました。
多くの観光客が訪れる上野公園周辺において、入場券の手配を効率化するためLINE Payでの購入を可能とし、チケットを使用する際にもLINEアプリ内で完結できる仕組みを採用。また、LINE公式アカウントを開設したうえで、周辺エリアを対象としたバリアフリーマップや公園内のガイド機能なども実装しています。
前例のないアプリケーションやシステムの開発にあたっては、仕様の変更に柔軟に対応できる開発環境が求められます。そこで、弊社では短納期かつ柔軟な開発環境を実現するために、Microsoft Azureを活用したアジャイル型の開発を採用しました。これにより、開発の初期段階からUI/UXデザイナーがプロトタイプを作成し、課題や改善点を確認しながらアプリケーションを形にしていくことに成功。
顧客からの要望に応えることはもちろんですが、ユーザーが求めている価値や機能を把握するために現在地検索やキーワード応答といった付加機能を追加することも提案させていただきました。このように、PoCおよびMVPを開発に生かすことで、紙のチケットでは実現が難しいユーザーフレンドリーで分かりやすい仕様・デザインが実現できました。
詳しくはこちらのページでもご紹介しています。
まとめ
DXを実現するためには、従来にない革新的なプロダクトの開発が不可欠です。これまで伝統的に行われてきたウォーターフォール型の開発手法では、変化し続けるビジネス業界のニーズに対応しきれないケースもあるため、アジャイル型の開発へ移行する企業も少なくありません。
しかし、アジャイル開発では当初の計画通りに進まないことも多いことから、開発を手掛けるベンダーだけでなく、依頼主である顧客と密なコミュニケーションを取りながら進めていく必要があります。
真のDXを実現するためには、外注先へ開発を丸投げするのではなく、細かなPDCAサイクルを回しながらともに作り上げていくことが重要です。それを実現する要素のひとつとして、PoCやプロトタイピング、MVPなどがあり、それぞれが果たす目的や役割について基本的な知識として身につけておくことも重要です。
今回紹介したPoCやMVP開発に関することはもちろんですが、DX全般についても分からないことやご相談があれば、まずはお気軽にSun*へお問い合わせください。