生成AIの導入は、もはや「できるかどうか」の話ではなくなりました。多くの企業がPoC(Proof of Concept/概念実証)を終え、次の論点は「現場に定着し、成果につながるかどうか」に移っています。
2026年7月15日、Sun Asteriskは「AI時代のサービスデザイン ―AIで生まれるユーザー体験とは?―」と題したウェビナーを開催しました。テーマは、AI業務改善とエージェンティックUX(AIエージェントが介在する顧客接点のUX)の2領域における実践知です。営業提案書を自動生成するAIアシスタントと、学習塾のAIチューターに「先生らしさ」を実装するプロジェクト。どちらも精度の高いAIを作ることには成功しながら、一度は「使われなくなる」つまずきを経験しています。
本レポートでは、その2つの実例から見えてきた設計の要点と、AI活用を振り返るための視点を整理します。
登壇者プロフィール
石川 マーク 健(Ken Marc Ishikawa) Designer/Creative & Engineering部門 Division Manager
ロンドン大学Bartlett校建築学修士。イギリス・シンガポール・日本での建築デザインの実務を経て、IDEO Tokyo契約デザイナーとしてアジア地域のプロジェクトに従事。現在はサービスデザイン・デジタルプロダクト部門のマネージャーとして26名のデザイナーをリードしながら、自身も上流のサービス設計に携わる。
田中 裕也(Yuya Tanaka) Designer/Creative & Engineering
2023年にUI/UXデザイナーとしてSun*へ新卒入社。デジタルプロダクトのMVP検証や要件定義、UIデザインを担当してきた。直近ではAIプロダクトの人格設計や対話原則の検討など、AI領域のUXデザインに携わっている。
有森 清人(Kiyoto Arimori) エンジニア/Creative & Engineering
専門学校卒業後、自社開発企業やEC運営企業でシステム開発・運用に従事。2022年にSun*へ入社し、現在はAI駆動開発を軸としたプロダクトエンジニアとして活動している。
AIがUXを変える、だからUX設計が重要になる

Sun*には現在、AI業務改善と顧客接点という2つの領域で相談が集まっています。共通しているのは、相談の論点が「何ができるか」から「使われ続けるか」へ移り変わっている点です。AI業務改善であれば「どのモデルを使うか」ではなく「現場に定着し、業務成果につながるか」が問われ、顧客接点であれば「応答を自動化できるか」ではなく「自社らしさをAI体験に組み込めるか」が問われるようになっています。
この変化の背景には、ユーザーの役割そのものの変化があります。UIを直接操作する「操作者」から、AIに目的を伝えて結果を確認する「指示者」への移行はすでに起きました。次に訪れるのは、判断や実行をAIに委ねて結果だけを受け取る「委託者」への移行です。日常の消耗品の補充や予約をAIに一括で任せるような世界がこれにあたります。海外では購買代行機能や決済インフラの対応が相次いで発表されており、委託者への移行を支えるインフラ整備は着実に進んでいます。

この移行が進むほど、サービスの競争軸は「何ができるか」から「どう使われるか」へ変わります。汎用AIモデルは各社が同水準で使える共通の土台になりつつあり、差がつくのはその上に積む「自社データ・ノウハウの活用」「体験・業務への組み込み」「ハーネス設計」の3層です。

ハーネスとは、AIを安定して安全に動かすための運用の仕組みを指し、プロンプト設計、評価・検証の仕組み、ガードレール、人へのエスカレーションの4要素で構成されます。同じ汎用モデルを使っていても、このハーネスの設計次第でアウトプットの質と安全性は大きく変わります。

一方で、AI導入には3つの落とし穴があります。技術先行で導入され、現場でどう使われるかの視点が抜け落ちる「技術先行」。既存の業務フローと接続されないまま導入され、使われなくなる「業務に定着しない」。汎用モデルをそのまま使うだけでブランドや世界観を表現しきれない「自社らしさが出しづらい」。この3つは独立した問題ではなく、根は同じ「使われ方まで設計されていない」ことにあります。

実践事例①:AI業務改善は「精度」ではなく「組み込み方」で決まる
1つ目の事例は、営業提案書の作成をAIが支援するエージェンティックAIです。過去の提案書や類似案件を参照し、AIが提案書のたたき台を自動生成します。この事例のポイントは、AIの精度そのものよりも「業務フローへの組み込み方」の設計にあります。
導入前の現場には3つの課題がありました。過去の提案内容が担当者個人のPCの中に留まり、その人がいないと遡れない「情報の属人化」。毎回パワーポイントを白紙から組み立てる「ゼロからの組み立て」。ベテランと若手で完成度に大きな差が出る「品質のばらつき」です。ヒアリングで見えてきたのは、提案書を書く時間よりも、過去の似た案件を探す時間の方が長いという現場の声でした。課題は文章の生成力ではなく、ナレッジへのアクセスにあったのです。

設計にあたっては、商談プロセスを企業情報入力・ヒアリング入力・課題選択・提案選択・提案書確認という5つのステップに分解し、それぞれにAIを配置しました。企業情報のリサーチや課題の構造化はAIが自動で行いますが、課題選択と提案選択の2ステップは、全自動にできるにもかかわらず、あえて人が判断する場所として残しています。理由は3つあります。AIの誤りが成果物に直行しないようにする「精度の保険」、営業担当者が「自分の提案」として顧客に説明できるようにする「納得感の担保」、そして価格に敏感な顧客情報などAIが知らない文脈を反映する「暗黙知の注入」です。
リリース後、たたき台としての社内評価は高かったものの、一部の営業担当者が時期を経て使わなくなる現象が発生しました。ヒアリングで分かったのは「内容は合っているが、自分の書き方と違う。直すくらいなら最初から自分で書く」という声です。修正コストがゼロから作るコストを上回った瞬間、AIは使われなくなります。問題は精度ではなく、直しやすさというUXの設計にありました。

この気づきから、定着のために3つの工夫を加えています。生成物をスライド・要素単位で差し替え可能にする「直しやすさの設計」。確証のない数値や社名を要確認表示にし、参考にした事例の出所を必ず付記し、AIが断言しない形にする「信頼の設計」。編集履歴をナレッジとして次回の生成に反映させる循環をつくる「自分事化の設計」です。ハルシネーション(AIが公開情報にない内容を事実のように生成してしまう事象)への対策も、モデル側の課題としてではなく、UI設計の課題として組み込んでいます。実際にAIをどこから着手すべきか迷う企業には、まず業務フロー全体を可視化し、どの課題を解決するのか優先順位を立てた上で、どこにAIを配置すべきかを検討する順序が有効です。

結果として、提案準備の工数削減、提案品質の標準化、ナレッジの再利用、そして営業担当者が顧客と向き合う時間の増加という価値が得られました。この事例から得られる学びは3つです。「AIに何ができるか」ではなく「業務のどの瞬間にAIが必要か」から設計を始めること。人の判断ステップを非効率とみなさず、品質のゲート・納得感・暗黙知の注入装置として残すこと。そして、使われない原因は精度不足よりも修正コストにあり、定着は精度ではなくUXで決まるということです。
実践事例②:エージェンティックUXは「らしさ」を再現可能な振る舞いに変える
2つ目の事例は、ある学習塾で評判の良い先生たちに共通する生徒への接し方の「らしさ」を、AIチューターの振る舞いとして再現するプロジェクトです。人格設計とは、AIに表面的なキャラクターを付けることではなく、これまで感覚的に捉えられていた「らしさ」を、再現可能な振る舞いに変換するプロセスを指します。
人格設計が必要な理由は3つあります。利用するチャネルや相談内容が変わっても共通の価値観と判断軸で対応できる「判断・振る舞いの一貫性」。対応姿勢や距離感が一貫することで、ユーザーが対応を予測しやすくなる「信頼関係の形成」。そして、企業やサービスが大切にしている価値を具体的な言動として表現する「ブランドらしい体験の実現」です。
当初は、生徒と先生の大量の会話ログを分析し、そこに現れる発話や対応パターンを抽出することで「らしさ」を再現しようとしました。しかし、過去の発話パターンを模倣するだけでは応答が無機質になり、表面的な再現にとどまります。加えて、会話ログに存在しない相談や判断が曖昧な場面では、対応にばらつきが生まれるという課題もありました。

そこでアプローチを転換します。場面ごとの発話を模倣するのではなく、発話の背景にある価値観や判断軸、つまり人格そのものを定義する方針に切り替えました。個別の回答をすべて用意するのではなく、AIが判断する際の拠り所を作るイメージです。この転換により、過去のログに存在しない場面でも、共通の価値観に基づいた一貫した対応が可能になりました。

人格設計は、言語化・構造化・具体化という3つの段階で進みます。まず、評判の良い先生へのインタビューや授業観察を通じて、「優しい先生」のような曖昧な「らしさ」を、「生徒の回答をすぐに否定しない」「結果だけでなく考えた過程を認める」といった具体的な姿勢に言語化します。次に、人格を価値観や判断基準といった要素に分解します。この要素の粒度は対象によって異なり、AIチューターであれば「答えを教えるか、自分で考えることを促すか」という教育方針が重要になり、店舗の販売員であれば「どこまで踏み込んで提案するか」という接客上の距離感が重要になります。最後に、抽象的な行動指針を実際の会話レベルまで具体化します。「生徒に寄り添う」という定義だけでは機能せず、「間違いをすぐに訂正せず、まずどう考えたかを確認する」というレベルまで振る舞いを決めて初めて、人格はどの場面でも機能する体験として届きます。
このプロジェクトでは、UXチームとAIチームが同じフェーズを並走しました。体験設計のフェーズではUXチームが利用シーンと「らしさ」を整理し、AIチームが技術的な実現可能性を検討します。振る舞いの実装フェーズではUXチームが会話のトンマナを実装可能な形に翻訳し、AIチームがプロンプトや参照データに落とし込みます。品質の担保フェーズでは、UXチームが応答の一貫性をユーザー視点で評価し、AIチームが精度と安定性を継続的にチューニングします。人格の定義を渡して終わりにせず、設計・実装・評価をチーム間で繰り返すことが、最終的な振る舞いの質を左右します。人格設計にかかる期間は、AIエージェントが担う役割の複雑さや利用チャネルの数、求められる品質によって変わるため、一律の目安はありません。

この取り組みにより、一貫した対話の実現、生徒が安心して相談できる環境の形成、塾ならではのAI学習体験という3つの価値が得られました。一方で、陥りやすい失敗も見えています。表面的な模倣にとどまる「浅い人格定義」、抽象的な言葉のままで実際の受け答えに「らしさ」が反映されない状態、そしてUXチームとAIチームが分断され、意図が共有されないまま実装が進んでしまうことです。「らしさ」を徹底的に分析し、AIが理解できる形まで言語化しなければ、表面的なキャラ付けにとどまり、届けたい体験は実現しません。
AI活用に必要な3つのUX観点と、委任の設計
2つの事例を通じて浮かび上がるのは、技術が均質化する中で競合優位性の源泉になる3つの観点です。ブランドやらしさを再現可能な設計言語に変換する「自社らしさの言語化」。既存の業務フローや顧客体験に自然に接続する「業務・体験への組み込み」。そして、振る舞いや誤りへの備え、AIに委ねる範囲を意図的に設計する「人格・信頼・委任の設計」です。

信頼設計では、確信度や根拠を過剰にならない範囲で提示する「気付ける設計」と、誤りに気づいた後に簡単に修正できる導線を用意する「回復できる設計」が軸になります。AIは間違える前提に立ち、どこまで判断を委ねるかを場面ごとに設計する必要があります。委任の範囲は一律ではなく、AIが情報整理と提案のみを行い実行判断は人が担う「補助」、AIが案を提示し人が承認して実行する「提案+承認」、定型かつ低リスクな範囲に限ってAIが完結して実行する「全自動」という3段階のグラデーションで捉えることができます。
ハルシネーションのリスクについても同様の考え方が当てはまります。ハルシネーションを完全にゼロにすることは難しく、AIは間違った情報を出してくるという前提で体験を設計することが現実的な出発点です。プロンプト設計や情報源の明示、人が介入するポイントの設置という3つの観点を持った上で、ハルシネーションが起きても対応できる仕組みを作ることが、いたちごっこを避ける実務的なアプローチになります。

自社のAI活用を振り返る際は、6つの問いが手がかりになります。
Sun*では、AIの実装とUX設計を分断せず、Business・Technology・Creativeの専門人材が連携して、事業構想からUX設計、AI実装・運用まで一体で支援しています。AIロードマップ策定や業務分析といった戦略・企画のフェーズから、UX・対話・人格設計を含むサービス設計、AIエージェント構築やRAG基盤の開発・実装、そしてAIOpsや効果検証を含む運用・改善まで、各フェーズの専門人材が連携して伴走する体制です。
まとめ
AIの機能や性能で差がつく時代は終わりに近づいています。これからの競争軸は、AIを自社らしく、業務や体験に自然に組み込み、使われ続ける形にできるかどうかです。今回紹介した2つの事例が示すのは、精度の高いAIを作ることと、現場で使われ続けるAIを作ることは、必ずしも同じ設計では実現できないという事実です。人が判断するステップをどこに残すか、修正コストをどう下げるか、そして「らしさ」をどこまで言語化できるか。これらの問いに向き合うことが、AI活用を次の段階に進める鍵になります。
Sun*では、AI業務改善やエージェンティックUXの設計について、構想段階から実装・運用まで一体で支援しています。自社のAI活用にお悩みがあれば、ぜひご相談ください。
参照情報
| イベント名 | AI時代のサービスデザインーAIで生まれるユーザー体験とは? |
| 開催日時 | 2026年7月15日(水)12:00〜13:00 |
| 開催形式 | オンライン(参加無料) |
| 登壇者 | 株式会社Sun Asterisk 石川 マーク 健 Designer/Creative & Engineering部門 Division Manager 田中 裕也 Designer/Creative & Engineering 有森 清人 エンジニア/Creative & Engineering |
| 参考・出典 | 当日ウェビナー投影資料、当日の発言内容 |
| 編集 | Sun Asterisk編集部 |