新規事業のアイデアは毎年集まるのに、審査のたびに議論が振り出しに戻る。検証にコストと時間がかかりすぎて、事業化の判断まで辿り着かない。こうした停滞の原因は、アイデアの質や量ではなく、**アイデアを出す前と、検証を始める前の「設計」**にあります。
2026年7月29日、Sun*は共創プラットフォーム「Wemake」を運営する株式会社A(エイス)と共催でウェビナーを開催しました。本レポートでは、審査基準を言語化して決裁者と事前合意する方法と、コスト・リスク・期間の3軸で検証計画を組み立てる手順を、大企業2社の実例に沿って解説します。
登壇者プロフィール
株式会社A(エイス) 代表取締役社長 山田 歩
早稲田大学在学中の2012年に株式会社Aを創業。2013年に共創型ものづくりプラットフォーム「Wemake」β版を立ち上げ、2017年には日本版TechShopの共同設立にも参画。オープンイノベーションの旗手として学会・大学・企業で講演も行う。主な担当クライアントは、フジシール、三菱総研、マツダ、三井住友トラストクラブなど。
株式会社Sun Asterisk Creative & Engineering ビジネスデザイナー 渡邊 敦孔
大企業を中心に数多くの新規事業開発を支援。構想策定・事業機会探索などの最上流から、プロダクト要求定義、PoC(Proof of Concept/概念実証)、アライアンス推進まで一貫して接続する。大手グローバル経営コンサルティングファームを経て現職。ビジネス・テック・クリエイティブのBTC連携チームでの新規事業に強みを持つ。
アイディエーションの成否は、始める前に決まっている

アイデアが集まらないから新規事業が進まない——現場ではそう語られがちです。しかし実際に停滞している企業の多くは、アイデアの数ではなく、アイデアを募集する前の設計でつまずいています。
市場規模や「3年後に10億円の売上」といった基準は、多くの企業がステージゲートに組み込んでいます。しかし、それだけでは不十分なことがほとんどです。ここから大企業2社の実例に入ります。
事例A:審査基準が「言語化されていない」と何が起きるか

1社目は、売上1,000億円以上・従業員5,000名規模の電子機器メーカーです。社内提案制度は機能しており、アイデアは年間200件近く、数年間継続して集まっていました。それにもかかわらず、PoCへの移行や事業化を判断する審査会議で議論が滞っていました。原因は、審査基準の曖昧さです。審査の場では「これ、うちらしい事業だっけ?」「うちで事業化する必然性はどこにあるの?」という言葉が飛び交っていましたが、その言葉が誰にとっても同じ意味を持っていなかったのです。

定義のコンセンサスがないまま審査を始めると、3つの問題が連鎖します。個人ごとの判断軸による「自社らしさ」で企画が量産され、そもそも審査を通らないアイデアが増える。同じアイデアがある審査員には「うちらしい」、別の審査員には「うちらしくない」と評価される。そして提案者は「何を直せば通るのか」がわからず、改善の方向を見失ったまま止まります。検証の過程で仮説が棄却され、ピボット(方向転換)が必要になったときも同様で、転換すべき方向の軸がぶれていればピボット先そのものを見失います。

打ち手は、「自社らしさ」「自社が事業化する必然性」を具体的な判断軸に分解し、プロジェクトの開始前にステークホルダー間で合意することです。
まず、曖昧な言葉を判断軸に分解します。過去の商品やサービスを挙げながら、それぞれがどの側面を「らしさ」と捉えたのかを言語化する。件数を重ねるとグルーピングができ、「この属性が含まれているとみんなが”うちらしい”と感じる」という共通項が見えてくるため、これをドキュメント化します。次に、そのドキュメントを審査員、できれば決裁者にも見てもらい、解釈のズレを解消します。
最も重要なのが3つ目、プロジェクト開始前に「この基準で判断する」と決裁者と合意することです。現場が作り上げた企画を、決裁者が「これうちらしくないよね」の一言で蹴ってしまうケースは少なくありません。事前に合意した基準から恣意的に判断軸を変えられないよう、ドキュメントの形で宣言し合意を取る。この一手間が、議論が振り出しに戻る状態を防ぎます。
なお、判断軸の粒度は定性的な表現で構いません。ある企業では「オタクが感じている喜びや楽しさを民主化する」「手のひらサイズのデバイスで実現する」という2軸に言語化でき、役員から現場まで認識が揃った結果、その後の事業判断がほとんどぶれなくなりました。
事例B:社内公募だけでは、アイデアの死角が埋まらない

2社目は、売上3兆円以上・従業員30,000人規模の総合電機メーカーです。社内公募やワークショップを数年前から実施し、提案自体は集まっていました。それでも事務局からは、アイデアがマンネリ化している、特定の方向に偏っている、という声が上がっていました。
この偏りには構造的な理由があります。日本の大企業では提案者の多くがプロパー社員であり、分業が進んでいるほど自分の職務領域から見える視野に沿った提案が多くなります。結果として既存事業の染み出し提案が中心になり、「インパクトに欠ける」と判断されやすい。一方で新領域のアイデアは社内から出にくく、出てきても判断できる人がいないという理由で放置されがちです。

打ち手は、社内からアイデアが「出やすい領域」と「出にくい領域」を見極め、社内と社外を使い分けることです。中期経営計画で示された事業領域や目標を軸に、これまで社内から出てきたアイデアをマッピングすると、「提案が多く筋のいいものも多い」領域と、「ほとんど提案が集まっておらず質も高くない」領域が可視化されます。
社内から出やすい領域は、そのまま社内で進めればよい。一方、社内だけでは出てきにくい領域は、社外のユーザーから提案してもらう仕組みを取り入れる。自社からは死角になっている異業種・異分野の切実なニーズを取りに行き、そこに自社のアセットを掛け合わせる。このアプローチがなければ、ブレークスルーは起きにくいのが実情です。
共通するのは「アイデアを出す前の設計」

2社の課題の本質は異なります。事例Aは審査基準・決裁基準が定義されていないこと、事例Bは社内アイデアの偏り・死角が把握されていないことでした。しかし共通する構造は同じです。「アイデアを出す前の設計」が、アイディエーションの成否を決める。
審査基準は、言葉にすればよいというものではありません。誰が読んでも一義的に解釈できるレベルまで細かく決めておく。そこまでやって初めて、審査の場でも主観の入り込む余地を減らせます。自社に置き換えて考えるべき問いは、次の3つです。
- 「自社らしさ」「自社でやる必然性」の判断基準は、関係者間で言語化・合意されているか
- 社内から良いアイデアが出やすい領域・出にくい領域を把握しているか
- アイデアが出てこない領域に、社外の視点を意図的に入れる仕組みがあるか
なお、「自社らしさ」の定義はゼロから始める必要はありません。人事領域では採用や組織開発で向き合っているケースが多く、社内の他チームにすでにドキュメントが存在する可能性があります。
検証を制する者は、新規事業を制する

ここからは、アイデアを検証して事業化にこぎつけるまでに何をすべきかというテーマに移ります。土台となるのは、新規事業は結果ではなく確率で経営すべきであるという前提です。コントロールできるのは結果ではなくプロセスであり、経営がすべきことは3つに整理されます。①試行回数を増やす、②1回あたりの成功確率を上げる、③1回あたりの費用や失敗時の損失を抑える、です。
※本フレームは『イノベーション戦略の論理 – 確率の経営とは何か』(2014年、原田勉)を参考に、登壇者が独自に整理したものです。
具体的なメトリクスに落とせば、答えは明快です。事業の検証という目的を達成できる方法のうち、短期間・低コスト・低リスクで学びを得られる検証方法を選ぶ。これによって試行回数を増やしつつ、失敗時に許容すべき金額を抑えられます。
①コスト:つくる前に支払意思を確認する

検証において重要なのは、つくる前に支払意思を確認できる手法です。
ひとつはインタビュー検証です。顧客候補やドメインのエキスパートに、この事業は受け入れられるのかを聞いていきます。1枚もののコンセプトシートや、動くプロトタイプ(ワーキングプロト)を使う方法があり、顧客や課題の実在性、提供価値の検証に向いています。
もうひとつがドライテストです。ドライテスト(dry test)とは、プロダクトを開発する前に、あたかも提供可能であるかのように営業活動や広告出稿を行い、顧客候補の実際の行動を測定する検証手法を指します。「これ欲しいですか、買いますか」と聞いて「買います」と答える層と、実際に購入する層のあいだには、ドメインにもよるもののおおよそ20〜40ポイントの開きがあります。つくる前に買う意思を試すことが、事業の数字を見極めるうえで重要になる理由です。
BtoBであれば営業デッキが有効です。プロダクトが存在するかのように営業資料を作り込み、「できたら使ってください」「まだ作っていないのでPoCに協力してもらえませんか」といった打診で反応を見に行きます。BtoCであれば広告検証です。実際の支援事例では、市場調査1週間・コンセプト設計1週間・LP(ランディングページ)制作2週間を経て翌月からMeta広告を配信し、CVR(コンバージョン率)・CPA(顧客獲得単価)・CTR(クリック率)を比較分析。およそ2ヶ月で、ユーザーが実際にアクションを起こしたコンセプトを特定しました。
MVP(Minimum Viable Product/実用最小限の製品)やPoCで何かを作る前に、支払意思の確認を挟む。これが1つ目のポイントです。
②リスク:Point of No Returnから逆算する

中堅から大企業の新規事業では、リスクコントロールが検証における妙になります。スタートアップはリスクをそれほど負わず捨て身で攻められますが、大企業はノンデジタルなリアルアセットを使った新事業も多く、検証のコスト・リスク・リードタイムが上振れしやすいからです。ここに悩ましいトレードオフがあります。リスクは抑えなければならない。しかし無駄なステップは踏みたくない。だらだら進めれば競合に先行されるからです。

具体例として、ベビーシッターのマッチングサービスを挙げます。子どもが関わるため慎重に進める必要がある一方、すでに多くの企業が参入している領域でもあり、スピードの問題も同時に抱えます。この事例では次の順で検証を組みました。
- 初期PoC:自社社員とその子どもを集め、業務委託のシッターが1件ずつシッティングを実施し、オペレーションの品質・信頼性を確認
- α版:実需ベースでどの時間帯・曜日に需要が発生するかをテストし、時間的な需給密度を検証(無課金だが価格は表示)
- クローズドβ版:エリアと期間を絞って課金を伴う利用を開始し、地理的な需給密度と価格受容性を検証
- 本格ローンチ(MVP):エリア限定で開始し、PMF(Product Market Fit/製品市場適合)を目指す

この計画の肝は、**Point of No Return(帰還不能点/後戻りできない時点)**を意識することです。リスクは永遠に存在し続けるため、受容するのか回避するのかを選別する必要があります。「外に出てしまっても問題ない」というリスクは正面突破する。自分たちが苦労すれば済むこと、お金を払えば前に進められることであれば、ステップを刻まずまとめて検証し、時間を圧縮する。一方、一度起きたら後戻りできないこと——不祥事や管理体制の不備など、表に出れば本業まで危うくなること——については丁寧に進める。この例では、シッターと子どもが接触することと、不特定多数に公開されることの2点がPoint of No Returnでした。
③期間:スプリントを回す前に、判断方法を決める

3つ目はリードタイムです。スプリント期間を2〜3ヶ月で区切り、進んでよいのか、事業を変えたほうがよいのかを判断していく。ただしそれ以上に重要なのが、スプリントを始める前に「どういう判断基準で、どんな判断方式を取るのか」を決めておくことです。走り出したあとでは、どうにかこじつけて続けたくなってしまうからです。
併せて必要なのが「次弾の弾込め」です。社内新規事業では、事業がなくなったときに自分はどうなるのかという不安が担当者によぎります。だからこそ、次のテーマがある状態を作る、あるいは本業に戻るなら戻ると明確にしておく。とにかくゾンビ化(リビングデッド化)させないことが重要です。
そしてもうひとつ。数十億円から数百億円規模でPMFに至った社内新規事業を分析すると、共通していたのは現場レイヤーで、ピボットや撤退を決断できる人を名指しで1名挙げられる状態か、でした。合議制で全員が納得する結論に丸めるのではなく、「自分がこれを決断する」という人をバイネームで挙げられるか。スケールする事業では、これが必ず1人挙げられます。
事業と組織を強くする2つの要素

ここまでの3軸は、「試行回数を増やす」「費用・損失を抑える」に対応するものでした。残る「1回あたりの成功確率を上げる」については、方法論を体系化した『異能の掛け算 新規事業のサイエンス』(井上一鷹著/Sun Asterisk監修/2022年10月発売)や『事業構想を書く』(堀雅彦著/2024年10月発売)があります。ここでは、書籍には書かれていない観点を2つ取り上げます。
1つ目は、撤退・ピボットにおいて組織学習を活かすことです。良いピボットと悪いピボットを分けるほとんど唯一の観点は、よいピボットとは、学びが活用された方向転換であるという点にあります。事業がうまくいかなかったとき、大元まで戻ってゼロから始めてしまうケースは少なくありません。しかし事業開発の過程では、顧客や商流への理解が深まった、キーパーソンに巡り合えた——といった蓄積が必ずあります。表面の成果としては出てきませんが、組織として学習できていることを起点に次の事業を組み立てると、ピボットはうまくいきます。

2つ目は、属人性—あって欲しい世界観を失わせないことです。新規事業を科学するという発想からすれば、属人化させないことが正しいはずです。しかし生成AI時代には、むしろ逆の力学が働きます。何も考えずに生成AIと壁打ちを繰り返すと、70点程度の代わり映えしないサービスができあがり、市場に投下されても刹那的に消えていきます。
では何が差を分けるのか。自社の汗と経営資源で競争優位性・模倣困難性を作り、参入障壁を築くこと。これはこれまで通りです。そこに加えて、個人の価値観や世界観が差を生み出します。大企業の新規事業は少なくとも3〜5年は成立させなければ累積損失を解消できず、それだけの期間を保つには、どんな世界観の広がりがあり、そこに顧客候補・社内メンバー・パートナー企業をどう巻き込むのかが重要になります。デザインシンキングでは他者にどう共感するかが重視されてきましたが、これに加えて自分自身が愛を持てているか。中長期で大きな事業を作るには、この観点が改めて必要になっています。
まとめ

アイディエーションの成否は、始める前の設計で決まります。「自社らしさ」「自社でやる必然性」といった曖昧な言葉を判断軸に分解し、プロジェクト開始前に決裁者と合意しておくこと。そして社内からアイデアが出やすい領域と出にくい領域を客観的に把握し、社内と社外を意図的に使い分けること。
検証フェーズでは、新規事業を確率の経営として捉え、短期間・低コスト・低リスクで学びを得られる方法を選ぶこと。つくる前に支払意思を確認し、Point of No Returnから逆算して公開範囲を決め、スプリントを回す前に判断方法を決めておく。この一連の設計が、アイデアを事業へとつなげる道筋になります。
Sun*では、ビジネス・テック・クリエイティブのエキスパートがBTC連携チームを組み、事業構想の最上流から検証設計、開発、ローンチ後のグロースまでを一気通貫で支援しています。新規事業の検証計画や審査基準の設計にお悩みの際は、ぜひ一度ご相談ください。
参照情報
| イベント名 | 新規事業を前に進められる企業は、現場で何が起きているのか〜大企業の実例から学ぶ、試行錯誤と突破口〜 |
| 開催日時 | 2026年7月29日(水)12:00〜13:00 |
| 開催形式 | オンライン(参加無料) |
| 登壇者 | 株式会社A(エイス) 代表取締役社長 山田 歩
株式会社Sun Asterisk Business Designer 渡邊 敦孔 |
| 参考・出典 | 当日ウェビナー投影資料、当日の発言内容 |
| 編集 | Sun Asterisk編集部 |